中曽根康弘 死去!日航機墜落事故 墓場まで発言は何だった?

中曽根元総理大臣101歳で死去!日航機墜落事故や墓場までの意味深な発言は何だった?と話題に。

2019年11月29日、昭和の激動時代に総理大臣をつとめ、数々の黒い噂があると言われ続けながらも逮捕はされなかった中曽根康弘元首相が、101歳という年齢で大往生を遂げました。

では、中曽根康弘という人、そして彼が言ったと言われる「墓場まで持っていく」という言葉について紹介していきましょう。

中曽根康弘 死去 中曽根康弘元首相とは

中曽根元首相は、大正7年に群馬県で生まれました。昭和16年に旧東京帝国大学を卒業し、内務省を経て太平洋戦争を海軍主計将校として経験しています。

1982年に田中角栄氏の助けをうけて内閣総理大臣に就任、アメリカ大統領レーガンと「ロン」「ヤス」と呼び合ったほど仲が良かったことも有名です。

2003年に小泉首相の改革によって引退を要請されるまで政界に居続けましたが、その時85歳。引退後から100歳過ぎてもなお、週に3日は事務所に顔を出し、3紙の新聞を隅から隅まで読んでいたそうです。

中曽根康弘 死去 日航機墜落事故と意味深な言葉とは?

中曽根氏が首相をしていたその時、かの有名な日航機墜落事故が起こりました。

この事件では当初、ボーイング社の修理ミスで後部圧力隔壁の破損や核装置とシステムの制御がきかなかったため飛行機が山中に墜落した、ということでした。

しかし中曽根大臣による「真実は墓場まで持っていく」という言葉により、色んな噂がたったのです。

その中でも最有力とされた説が、実は飛行機の故障が原因で墜落したのではなく、墜落によって市民へ莫大な被害が出ることを防ぐため、自衛隊機で撃堕を命令したという話です。

しかしそもそも「真実は墓場までもっていく」という言葉は日航機墜落事故についてのものだとは断定されていません。国鉄分割民営が関連している言葉だ、という説もあり、本人が話さない限りは闇に包まれたままとなったのでした。

ロッキード事件など、数々の黒い噂を背負った政治家でしたが、結局101歳で大往生をとげるまで一度も逮捕されることはなく、墓場まで持っていくといった真実を明かすこともなかったため、あの言葉が何を指していたのか、真実は何だったのかは永遠に分からないままとなるのです。

ネットでは、「ついに喋らないままで逝ってしまったな。そういう意味では、偉大で芯の通った政治家だったと言えると思う」とか、「これで本当に昭和の終わり、という感じだね」などのコメントがあがっています。